Interview2


都内にあるスタジオのミーティングルーム。目の前には、どこか所在なさげな女の子が2人に座っていた。ひとりは、柴田ゆうで、sympathyのボーカル&ギター。もうひとりは、田口かやなで、sympathyのギター。このふたりが、女性メンバーだけで成る4人組ロックバンド、sympathyのソングラティングにおける主軸を担っている。全員が高知県出身で、昨年の春に高校を卒業したばかりだ。2人がインタビューを受けるのはこの日が初めてで、しかも1日に数本の取材があるというのだから、この状況にまだ現実味がないのも無理はない。
挨拶代わりに最近いちばん興味を持っていることは何かと、2人に訊いてみた。

「イスラム国の動向ですね。怖くて海外に行けないなって。世界情勢をいつも気にしているわけではないんですけど、イスラム国だけは怖いですね。彼らが日本に来ていてもおかしくないじゃないですか。とあるキャンペーンでグアム旅行が当選して、お母さんと2人で行こうってなったんですけど、危ないからってお母さんが勝手にキャンセルしちゃったんです」(柴田)

「私は夏休みにどこに行こうかなって思ってます。沖縄に行きたいなって。今いちばん興味あるのは、夏休みのことですね」(田口)

イスラム国と夏休み。予想もしていなかった返答ではあったが、それもsympathyらしいと納得させられる、楽曲の様相にも通じる不可思議な説得力があった。高校卒業後、sympathyのメンバーは、遠距離状態にある。柴田は東京で、田口とドラムの門舛ともかは、地元の高知、ベースの今井なつきは京都で生活している。この日、柴田と田口が会ったのも約1ヶ月ぶりだという。つまり、ビクター内に新設された新レーベル、CONNECTONEからリリースされるこの2ndミニアルバム『トランス状態』のリリースを控えている最中にあって、4人がそろうのはなかなかないということだ。もちろん、メンバーがそろわなければ、ライブもできない。それでも新作はリリースされるし、バンドは存続していく。バンドミーティングはSkypeを介して行っているらしい。

「音楽のことを話したいんですけど、脱線してなかなか音楽の話にならないんですよね(笑)。で、追いつめられてからちゃんと話すみたいな」(柴田)

結成は高校1年生のとき。軽音学部で4人は出会った。軽音で生まれた多くのバンドがそうであるように、sympathyもコピーから始まったが、結成間もなくして「先輩に誘われて、ライブ慣れするのが目的で出場した」(田口)というコンテストで「コピーバンドなのになぜか優勝してしまい」(柴田)、その特典としてオムニバスCDに参加することになり、初めてオリジナル楽曲を制作した。それが、『トランス状態』の6曲目に収録されている「あの娘のプラネタリム」だった。

「『あの娘のプラネタリウム』は、宿題を課せられたような感覚で作ったんです。作ったはいいけど、そのあとなるべくライブでやりたくないと思うような封印したい曲だったんです」(柴田)

「今だったら、こういうサウンドを鳴らして、こういう歌詞を書くというイメージがあるんですけど、当時は何もなくて。でも、周りの人たちからは『あの娘のプラネタリウム』を褒めてもらったんですね。自分たちはそれがすごく不思議でした。『トランス状態』に入っている『あの娘のプラネタリウム』はアルバムの曲のなかで唯一アレンジャーさんに参加してもらったんですけど、ホントに素敵に仕上げてくれて。あんなに満足できなかった曲だったのに、アルバムの最後を飾る曲になって、それも不思議な気持ちです。そういうことも含めて、私たちは運が強い
のかもしれないって最近思うようになりました」(田口)

「気づいたらすごいところに来ちゃったねって思うよね(笑)」(柴田)

そう、sympathyというバンドは自分たちではコントロールしようもない力に導かれるようにしてここまで来た。流れに抗うことなくライブをし、楽曲を制作していたら、今がある。ちなみに高校3年生のときに「閃光ライオット」にエントリーしようと思ったが、気づいたときには応募締め切り日を過ぎていたという。では、なぜここまでマイペースな、しかも遠距離中でライブをするのもままならないバンドがこういった現在地に立っているのか。それはやはり楽曲とそれを体現するがバンドの存在感が特別な求心力をたたえているからにほかならない。sympathyは自らの音楽性を“揺れるロック”と称している。これが実に言い得て妙で、『トランス状態』の6曲を聴いてもらえばよくわかるが、隙間だらけのサウンドの上で衒いもとらわれもなく展開していく歌メロも、楽曲に閉じ込める今という時間はどこまでも刹那的であることを本能的に理解しているような歌詞も、センシティブな情緒を振り回したり独白する田口のギターフレーズも、自らの声色に備わっている色気というものに無自覚なようでいてすべてを知り尽くしている印象を受ける柴田のボーカルも、そして技巧的に未熟がゆえによれまくっているからこそ引きつけられるアンサンブルも——sympathyの楽曲を構成しているすべての要素が、耳のなかでゆらゆらと漂っては、忘れがたい残像を浮かび上がらせる。もちろん、これからサウンドプロダクションやソングライティング、アンサンブルのスキルは向上していくだろうが、このバンドはいつまでも未完成だからこその魅力を放ち続けるのではないか。そんなふうに思わせてくれる。未完ゆえの中毒性という意味において、60年代後半から70年代にかけて2枚のアルバムを残し、今もなおカルト的な人気を誇っているアメリカの4人姉妹バンド、シャッグスを想起したりもした。

「“揺れるロック”というのは後づけなんですけど、“私たちの曲ってなんとなく切ないよね”って思ったことからつけたんです。“オイ!オイ!”って盛り上がる感じではなくて、身体と心を揺らすくらいの曲を作りたいなって思うんですよね。どこかいつまでも淡い感じというか……」(柴田)

「私はもともとガールズバンドがあまり好きではなくて、ミッシェル・ガン・エレファントとかクールでカッコいい男の人のバンドが好きだったんですね。でも、このバンドをやっていくなかで自分が好きな音楽と、自分が作るべき音楽が違うことがわかったんです」(田口)

「私は田口が作る曲が本当にすごく好きで。ちゃんと音楽してるなあって思うんです。今、私はsympathyで自分が歌いたいと思える曲だけを歌えているんです。それはホントにラッキーだなって思います」(柴田)

「最初から4人とも音楽で気持ちいいと感じるポイントが同じだったんですよね。だから、遠距離でも常に意思疎通ができているような感覚があるんです。4人の仲はすごくいいです。ここ(柴田と田口)はしょっちゅうケンカするんですけどね、音楽以外のことで(笑)。でも、音楽のことでケンカすることはないですね。私もゆうが作る曲が好きだから。ゆうは私にないものを持っているんです。私はけっこうカッチリ曲を作るところがあるんですけど、ゆうが作る曲には心地いい息抜きをするような気持ちよさがあるんです。それはsympathyに絶対必要なものだと思います」(田口)

sympathyがこれからどうなるかなんてわからない、と本人たちは思っている様子だった。しかし、これまでがそうであったようにsympathyは夢にも描いていなかった場所に立つことになるのだろうと、ぼんやりとした予感を覚えているようでもあった。だから、思う。待っていてくれ、彼女たちのワクワクするような未来よ、と。

取材・文/三宅正一(Q2)